言葉の意味しっていますか?日常の言葉には実はこんな意味があります!

「おかげさまで」、「お互いさまですから」、「すみません」、「ごめんなさい」、「ありがとうございます」、「申し訳ありません」、「おはようございます」、「もったいない」、「失礼いたします」、「ご苦労さまです」、「いってまいります」、「いってらっしゃいませ」、「ただいま」、「ごぶさたしております」、「頂戴します」、「おすそわけ」、「どうも」、「ごちそうさま」、「おやすみなさい」

これらの言葉が「なぜそう言うのか」、本来の意味を考えたことはありますでしょうか?

管理人は、これらの言葉があたりまえ過ぎてその意味が「なぜか」なんて考えたこともありませんでした。

今回は、ちょっとしたきっかけでこのような言葉の意味を調べる機会を得て、大変興味深かったので記事にしました。

「もったいない」の「もったい」ってなんなんでしょうね?^^

ぜひ、「日常語の起源」にふれてみてくださいね。

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日常で使う言葉の意味一覧

普段わたしたちが何気なく使っている次の言葉について、その起源を書いてみました。

それでは、順に見ていきましょう。

おかげさまで

お陰様の「お陰」は目に見えない働き、いわゆる神仏の働きを示しています。それに様をつけた「おかげさまで」という言葉の中には、そういった働きに対する感謝の気持ちと、どんなことでも自分一人の働きだけで、生きているわけではないという理解がともなっています。

お互いさまですから

相手も自分も両方とも同じ立場にあることを言います。上下関係、立場も立ち位置も超えたところでのニュアンスがあります。多いのは「困ったときにはお互いさまですから」という使われ方。この言葉、とくに目上の方から言われるとありがたくて心にずしんと響きますね。

すみません

すみませんのすむは、「済む」=気持ちが満足する、という意味です。「すみません」という言葉はそれを打ち消しているので、すなわち「気持ちを満足させられなくてごめんなさい」ということを表しています。また、いつも澄みきった気持ちでいることを大切にしてきた日本人。「気持ちの濁りを澄みわたらせることができなくてごめんなさい」という意味もあります。

ごめんなさい

ごめんなさいの「めん」は、免。「容赦する」「許す」という意味。相手の寛容を求めたり、自分の非を詫びる言葉です。「失礼な目にあわせたことに対して、どうか許してください」と謝ります。相手や事柄に対して尊敬の念があって、はじめて生まれる感情と言えます。

ありがとうございます

有り難い、つまりめったにありえないこと・・・「珍しくて大変貴重なこと、奇跡的なことが起きていることに感謝しています」という意味です。誰しも使う言葉ですが、広く深い意識が根本にあります。

申し訳ありません

「いいわけする余地がない」ということ。「弁解できないほど、自分が悪いのです」と非を認め、相手にお詫びする気持ちを表しています。「申し訳が立たない」というような使い方も納得できますね。

おはようございます

「お早くからお疲れ様です」、「お早くから精がでますね」というねぎらいの気持ちから生まれた言葉です。江戸時代は「これはおはよう」「これはおはようございます」など、相手が早く出てきたことに対する感謝の気持ち、挨拶として使いました。

もったいない

もったいないの「勿体」の語源は「物体」。「物体とはもののあるべき姿、本質的なもので、枝葉ではない重要な部分」という意味ですが、それが変化していくうちに、重々しさ、ものものしさを表す「勿体」という言葉が生まれました。また、「勿体ない」の「重々しさがない」というような意味合いが時の流れの中で、「不届きな、妥当ではない、耐え難い、自分の身に不相応な、ありがたいもの」と、徐々に意味が広がっていき、今日ではご存知の通り、「惜しい」という意味で使われています。

失礼いたします

「失礼」とは文字通り、礼を失すること。礼儀を欠く振る舞いをする様を表します。「不作法をして申し訳ない」という意味です。「失礼ですが」というのはあらかじめ、不作法をお詫びしながら何かをするときに使います。

ご苦労さまです

苦労をかける人が、苦労した人に対して使います。骨を折ってくれたことに対して感謝の気持ちを表します。目上の人にこの言葉をかけること自体が失礼になるのは、「目上の人に骨を折るような仕事を頼んだことになる」のが主な理由です。昔、大名が家来の働きをねぎらって「ご苦労!」とかけた言葉です。

さようなら

「左様ならば」の「ば」が省略されて、お別れするときの挨拶になりました。「そういうことならば、また会いましょうね」というような意味の変化形なのです。「さようですか」は、「そうですか」の丁寧語。これも相手の事情や状況を読み取り、そこへ静かに配慮しようとする心配りが見え隠れする言葉です。

いってまいります

「行って帰ってきます」という意味です。「必ず戻ってきますから待っていてくださいね」という気持ちが込められています。

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いってらっしゃいませ

「行って帰ってきてください、お待ちしています」という意味があります。「いってまいります」という呼びかけに対して「必ず帰ってきてくださいね、お待ちしていますから」という気持ちを込めた言葉です。

ただいま

「ただいま戻りました」の意味です。外出から帰った時に言う挨拶の言葉です。「まさに今帰りました」というのが直訳ですが、無事に帰ってくるのが当たり前ではなく、「喜ばしいこと」という意味が感じられます。

ごぶさたしております

「ごぶさた」は「ご無沙汰」と書きますね。本来、「沙汰」の「沙」は砂を意味し、「汰」は洗って選び分けることを意味します。これは、砂金を選び分けるように善悪をより分けるということです。もともとは「事の善し悪しを踏まえた評判」のことを言いますが、ここでいう「沙汰」は便りのような意味です。その上に「無」が付くことから「便りなしで申し訳ございません」という意味と、とらえる事ができます。

頂戴します

いただくこと。「ちょうだい」という言い方が、「幼い子供が手を出しておねだりするときに使う言葉」になったのは明治以降のことですが、もともとは仏教からきている言葉です。体の中でもっとも尊いとされる頭上にいただいて敬う礼を「頂戴」と言います。

おすそわけ

裾分けを丁寧にした言葉。裾は衣服の下の部分のこと。それが変化して「主要な人でないもの=身分の下の者に何かを分けること」を「お裾分け」と呼ぶようになりました。現代では、人から頂いたものを他の人に分けることをさしますが、なんとなく目上の方に使いづらいような印象があるのは、由来を知れば「なるほど」と思う言葉の一つですね。

どうも

ものごとを確定して言えないときに使います。原因理由がはっきりとしないときを表現しています。感謝の気持ちや「どうもご面倒をおかけしました」「先日はどうも」というような謝罪の意味を含むようになったのは近代からです。あいまいな感覚も無下にせず、表していこうとする意識が働いています。

ごちそうさま

ご馳走は馳走の丁寧語。「馳走」はもともと文字が表すとおり、馬を走らせ、駆け回るという意味がありますが、のちに「食事の用意」という意味が加わり、立派な料理という意味に変化していきました。駆け回り世話をするという根本にある気持ちは、そのまま引き継がれていることが感じられます。

おやすみなさい

ねむるときの挨拶です。「休む」は、仕事や動作をいったんやめて体も心も楽にすることを言います。すべて鎮めて緩めます。「なさい」は、なさるの丁寧な命令形です。「どうかやすんでください」「やすみますね」という想いが込められています。

さいごに

以上、日常でよく使う言葉の起源について書いてみましたがいかがでしたでしょうか。

日常に使う言葉なだけに、普段はなかなか「本来の意味」なんて意識しませんが、折にふれてこのような起源について考えてみるのも興味深くて楽しいのではと思います。

また機会がありましたら、ほかの言葉でも調べてみますね。

それでは。

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