浪人時代に日経で新聞奨学生をしていた時の話! 前編

今回は、公式サイト以外で、新聞奨学生の体験談をあまり見ないので、管理人が新聞奨学生と受験生を両立させていた時の体験談を書いてみようかと。

ちょっと長いので、全2回で書いていきます。

この記事が、これから新聞奨学生やってみようかな?と悩んでいるあなたのお役に立てれば幸いです。

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今から18年くらい前に新聞奨学生をしていた時の話をします。

管理人が新聞奨学会に入会したのは25歳の時です。

まず、入会までの背景を簡単に話しますと、管理人は22歳で文系の大学を中退して以降、ずっと実家のコンビニを手伝っていました。

でも、ずっと「おれの人生こんなんでいいのかな・・・」なんて悲壮感がありまして。

そんなことから、「今度は理系の大学入って、学者をめざそう♪」などと安易な夢を求めたのでした。

23歳から大学の再受験を考え、コンビニの手伝いをしながら勉強をしていましたが、2回連続受験に失敗しました。

そこで、より自分にきびしさを求めるために新聞奨学生への入会を決めた次第です。

あの当時、「25歳で新聞奨学生なんて入れるの?」「自分だけおじさんで浮かないの?」なんて申し込みの時点で不安がいっぱいで、奨学会へ問い合わせの電話をするのにも結構勇気がいりました。

この記事を読んでる方の中には同じ悩みを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、最近は結構年齢いってる人も入会希望者が多いと聞きます。

なので、まずは勇気を持って奨学会に電話で相談してみたら良いと思います。

さて、管理人は、新聞奨学会に入った最初の年は、予備校生として1年契約で登録しました。

配属された店では、予備校生は管理人だけで、それ以外は全員同じ学校の専門学校生でした。

たぶん、管理人と同じ25歳の専門学校生がいたので、管理人が寄せられたんだと思います。

働いている人の話

お店で働いている人は、すでに在籍している奨学生の先輩が、男性5人女性2人。今回入ってきた奨学生が男性6人女性1人。

あとは、専業が3人と店長、所長。

そんな構成だったと記憶しています。

先輩方は、18歳から入店してまだ2年目だったので、全員10代でした。

最初の数ヶ月は、この先輩方となかなか上手くいかずに悩んでましたね。

お互い敬語で話してて、ギクシャクした感じがありました。

まあ、それも数ヶ月も経つと気にならなくなりましたが。

それでも、ちょいちょい人間関係で心がざわつくこともありましたが、目的があるのでなるべく気にしないようにしていました。

同じ寮で1年過ごすので、最初は人間関係に悩むこともあるかもしれませんが、1年の間に色々ありますので、もし悩んでも自然に悩みが解消するのを待ちましょう。

いずれ、それなりの落とし所がきっと見つかりますので。

専業は、3人の内2人はとても話しやすく面倒見のいい人達でした。

しかし、1人だけ坊主頭で無口でずんぐりガッチリした感じの超怖めの人がいました。

その人と仕事で絡まざるを得ない時はちょっといやでしたね。

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住環境の話

次に住環境に関してですが、寮には生活するのに必要なものが一通りそろっており、

シャワーのみにしか使えませんでしたが、浴槽もありました。

ただし、朝刊直後はシャワーは混みあい、配達が終わった人から早い者勝ちで使っていました。

洗濯機も寮に1台あり、空いてる隙を狙って使っていました。

日経では、通常、食費を払って賄いが出ますが、管理人が働いたお店では賄い制ではなく、みんな自炊をしていました。

なんでも数年前に賄いがマズイと奨学生から苦情が多く寄せられたので、廃止にしたんだとか。

確かに、食費払って好きなものが食べられないのも辛いので、賄いがあるのも一長一短かもしれませんね。

寮の部屋は大体3~4畳くらいで、ベッドと机とエアコンがあらかじめ用意されていたのは覚えています。

決して広くはないですが、勉強するだけなら十分な部屋でした。

ただ、最初は音が気になってしょうがなかったですね~!

管理人の隣の部屋は、沖縄から出てきたばかりの18歳の女の子で、最初の1ヶ月くらいはお互いにすごく気を使ってたんじゃないかと思います。

次第に管理人はあまり気にならなくなりましたが、女の子の方は、隣同士だった1年の間、ずっと気になってたんじゃないですかね。

すごい静かでしたから。

そういう意味では、女の子は寮を出るまでは結構気を使うかもしれません。

まあ、店によると思いますが。

寮では、働いている全員は住めないので、2年目とかちょっと東京にも慣れてくると、寮を出て店が借りたアパートに引っ越したりもします。

管理人も2年目からはバイクで5分ほど離れたアパートに引っ越しました。

初めての新聞配達の話

店に入って翌日から仕事は始まりました。

新聞配達を最初に覚え始めた頃は、とにかくすべてが不慣れで大変でした。

バイクも乗り慣れていないので、新聞積んだ重いバイクの操作やら、

右も左も初めてみる土地で、最初は配り始めのスタート地点すら分からなかったり。。。

それに加えて学業やら新生活なども加わるので、そりゃ~、最初は必死でしたよ。たしか。

でも、そんなのもせいぜい2か月くらいで慣れます。

少なくとも新聞配達は2ヶ月もあれば慣れますので、「配達大丈夫かな?」って心配する人がいるなら、「まあ、たぶん大丈夫ですよ」と言っておきます。

一応、どうやって覚えていくのかを簡単に書いておきます。

通常は、昼間に1軒1軒、配るお宅や会社を回りながら教えてもらいます。

直前に教えてもらった家から、次に教えてもらった家までの行き方を、慣れない順路記号(行き方を示す記号)で順路帳に書き込んでいくんです。

一通り教えてもらったら、今度は自分で書き込んだ順路記号を見ながら、1人でカラ回り(配達なしで順番にポストに辿り着く練習)をするわけです。

で、カラ回りを何度か繰り返すと、順路帳を見たら家が分かるようになるので、まずは1人で半分配ってみて、大丈夫なら全部配り始めるといった感じで慣れていきました。

教え方は、お店によって若干違いますが、大体こんな感じで覚えます。

管理人が与えられた区域(配達するエリア)は、中目黒の目黒川沿いから渋谷方向一体の区域で、
春には桜が満開になり、高級住宅も並ぶとても綺麗な街でした。

目黒川の花見時期

高級マンションがあったり、有名人の家があったり、撮影してたりと、
福岡から出てきたばかりの管理人は、「東京すげぇ!」って、すごく興奮した記憶があります。

管理人が入ったお店は全部で10区域あり、うち3区域がバイク、7区域が自転車でした。
管理人は免許を持っていたからバイク区域に。

正直、自転車で配達する区域だったら、根性のない管理人は続けられなかったかもしれません。
バイクは1ヶ月もすればずいぶんと慣れましたが、自転車の区域は、ずっと汗だくで辛そうでしたから。
新人は、2、3ヶ月で体型変わってましたしね~!

そんな、端から見たら辛そうな自転車の配達でしたが、満了せずに途中で挫折してしまった子は、私がいた3年間では、管理人以外2人だけでした。

やっぱ、みんなある程度覚悟を持って入ってくるので、簡単にはやめないです。

今回はここまで

次は、「新聞配達と勉強の両立」の話から書いていきたいと思います。

それでは。

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